2012年4月23日 (月)

河原町大教会初代会長 深谷源次郎先生

『結構源さん』と言えば天理教信者なら知らない人などほとんど居ない。

 

 

どんな出来事があっても「結構、結構」と通られた方だ

 

 

決して楽な事ばかりでなく、時には言葉に出来ない苦悩を抱えられた時期も有ったそうです

 

 

そんな時でも『結構、結構』との姿勢を決して崩さなかった

 

 

 

 

 

 

深谷先生は後に「斯道会」を結成

 

 

この斯道会、結成までには色々な困難が有ったそうですが、教祖から「清らかな所」と光栄なお言葉を頂いたとの事。

 

 

 

そして晩年には河原町大教会初代会長となられ、多くの信者から慕われた。

 

 

(間違ってたらすみません)

 

 

 

 

 

以前ちょっとした理由で手相の見方なるものを覚えた事が有る

今はもう覚えてない

 

 

本の最後に

 

「手相は変わるもの、例え不幸な手相であったとしても、常に前向きにポジティブに明るい心でいれば必ずや運気は上がり、良い手相になる」

と有った。

 

 

 

天理教の教え通りだ

 

 

 

 神様は人間を真からたすける為に一時的な苦労を与えて下さり、どんな苦労や困難も喜んで通らせて頂く事が後に結構なご守護が頂ける心使いであると教えて頂きます。

 

 

 

 

結構源さんの異名を持つ深谷先生はまさにそれを体現されたお方です。

 

 

 

 

そういえば一時期俺はこんな事を言っていた

 

 

 

「『結構源さん』に習って、俺はどんな時も『素晴らしい、素晴らしい』で通って、『素晴らしいフトシさん』と呼ばれるような人間になる!」

 

 

 

 

とかね。

 

 

よく言うよ…

 

 

 

 

もう今ではそんな事すっかり忘れてしまっていた

 

 

しかし、それでも最近は極力グチを言わないよう、人を悪く思わないよう、どんな事も喜びに代えられるように気を付けてはいる。

やりきれてはいないが…

 

 

と言うか…

ボクにとってお道の上で唯一努力を続けられそうな事ってこれしか無い!

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一度『素晴らしいフトシさん』を目指してみよう!

 

 

 

 

なんて事を言ってたら

 

 

 

 

 

 

 

知人Nが

「じゃあ俺は『ありがたいNさん』になる!」

 

 

 

 

 

 

 

そしたら今度は知人Yが

「んじゃ俺は『いいねYさん』になる!」

 

 

 

 

とか言い出した…

 

 

 

 

 

 

パクリかよ!

 

 

 

 

よかろう、全員で目指そうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

時には心から『素晴らしい』とは言えない時もあろう。

 

 

Cocolog_oekaki_2012_04_14_19_19

 

 

 



 

 

 

 

 

例え「嘘」でもいい

口先だけでもいい

 

 そう教えて貰った事がある

 

 

 

 

 

 

 

 

身上不足ありてどうもたんのうは出け難くい/\。(中略)今日もよい/\と言えば、たんのう出ける。悪い中にたんのう治められん。道理と言う。成らん中たんのう、治められん処から治めるは、真実誠と言う。前生いんねんのさんげとも言う。

 

不自由の処たんのうするはたんのう、徳をつむという、うけとるという、これ一つきゝわけにゃならん

 

 

 

と、おさしづで教えて頂いております。

 

 

たんのうとは「十分に味わう」

 

 

 

 

辛いものは辛い!

その辛さを、苦しみを十分に味わい、これも神様のご守護と受け取らせて頂く心を神様は受け取って下さいます

 

 

 

 

 

 

心から『素晴らしい』とは言えない時でも、笑って『素晴らしい』と言えるように

 

 

 

 

 

 

 

不平不満の心は自分を更に不幸にする

 

 

 

天理教では不平不満の心を「不足」と言います。

 

 

 

 

不足とはその言葉通り『足りない足りない』と言っているようなもの

 

 

 

 

足りない足りないと言っていれば本当に『足りない』ようになってくる。

 

 

 

 

 

 

 

愚痴をこぼすのは簡単!

弱音を吐くのはとても楽だ

 

 

 

 

しかし、そこをグっとこらえて『素晴らしい』と言えたらどんなに幸せなことか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

意外に口先だけでも『素晴らしい』と言ってると本当に有難いと思えて来る。

 

 

 

教祖のお言葉に

 

                   

いやなものを見ると、すぐにいややなあと思い、いやな事を聞くと、すぐにいややなあと思う。その心がいかんのやで。その時の心の使い方が大切なのやで。いやなものを見、いやなものを見せられた時、いややなあと思う前に、ああ見えてよかった、目が不自由でのうてよかった、ありがたい結構やと思うて通らしてもらうのやで。いやなこと聞いた時でも同じこと、何時の日、何時の時でもそういう心で通りなはれや。その心遣いが自由の守護が頂ける道になるのやで、むずかしいことないで。

 

と、有りますように、例えばどこかへ行こうと思った時に雨が降れば誰でも気分は良くないもの。


 

 


しかし、言うまでも無く雨が無ければ人間は生きていけない。

 

雨が降るのも親神様の結構なご守護である

 

 

 

また、農家の方は雨が降らなければ作物が育たない。

自分が雨で気分が悪くとも、中には今日雨が降って良かったと思ってる人もいるかも知れない。

 

 

 

それを考えて「雨か…いや、これもご守護、それにこの雨を喜んでいる人も居るんだ。素晴らしい雨が頂けたんだ!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう自分に言い聞かせているうちに、本当に素晴らしいと思えてくる。

 

 

何となく嬉しくなり、神様に感謝出来る心になれる。

 

 

 

 

そんな心でずっと居られたらどんなに神様がお喜び下さることか

 

 

それが後にどれだけ結構なご守護を頂ける元となることか

 

 

 

 

 

 

頑張って続けてみようと思います。

 

 


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2012年4月 8日 (日)

青年会例会の話

今月の青年会例会で、終席なんて立派なものじゃ有りませんが、一番最後に話を努めさせて頂きました。

少し抵抗有りますが、その話を全文アップします。





 
毎月発行させて頂いている「○○」(名前は隠してます)で用語研究のコーナーをやらせて頂いています。一番最初に「徳」という言葉を研究したものを載せて、そのときはまだよかったんですが、二回目では「にをいがけ」で記事を書きまして、見てもらったところ不評でした。父にも見てもらったんですが、今回は載せるのは辞めた方がいいと言われ、休載する事になりました。

お道のお話を書くのに自分の考えではまともな記事など書けません。神様のお働きがあり、神様が書かせて下さるから文章が書けます。その後父から電話が有り「休み時間にもお道の勉強した方がいい」と言われました。父が言うには休憩時間は自分の時間であり、その自分の時間を自分の為ではなく、お道の御用に使わせて頂くからこそ神様が働いて下さり、お話がよく分かるのだと教えてもらいました。

最初の「徳」の用語を記事にしていたときは、まだいくらかよかったのですが、最近はすっかりお道の心が抜けてしまって、お道の勉強をさせて頂こうという気が全く起きず、因縁の心にドップリと浸かってしまい、そこから抜け出せない毎日を送っていたので、この機会にもう少しお道の勉強をさせて頂かなければと、反省しました。
お道の勉強をさせて頂くのにはやはり「おさしづ」「おふでさき」「みかぐらうた」の三つの原典が一番大切だと思います。神様の直接のお言葉です。教祖は人の口を通した分だけずれていくと教えて下さいました。しかし、おさしづを読ませて頂いても、本当に難しく、読んでてさっぱりです。

父が毎日おさしづの研究をしているそうです。実際休みの日に家に帰っても本当にパソコンの前に向かっておさしづの勉強ばかりしています。自分の事をやってる姿をあまり見ません。ボクが子供の頃、父はテレビが好きだったように思いますが、今は殆ど見てないし、酒もたばこもきっぱり辞めてしまい、毎日お道の勉強に没頭しています。
その父が言うには、おさしづの中で分からない言葉はおさしづで調べるそうです。

例えばおさしづに『神一条』と言うお言葉が出て来ます。人間的に知恵だけで考えれば意味だけは理解出来るかも知れませんが、神様のお心にある『神一条』とはどんな意味を示すのかは分かりません。

そこで『神一条』と言う言葉が出て来るおさしづを一つに纏めて読ませて頂く。すると父曰く、『神一条』の意味が解ってくるそうです。

それを聞いて自分もある程度纏めて読ませて頂いたんですが、それでもさっぱり分かりません。

でもボクの場合、分らないと思って投げ出すからダメなんですね。同じく正人がおさしづの中に出て来る『誠』というお言葉の意味を調べていて、朧げながらにも分かって来た事を教えてくれました。「ああ、なるほどな」と納得しました。ボクは読んでも分からなかったので、「俺はそういう理解力が無いからダメだな」と言いましたら、正人が言うには、自分も読んでいてさっぱり分からなかったそうです。

以前に正人は「自由自在」というお言葉を調べていまして、あの時は確かに「ダメだ、わからん」と言っていました。でも、分からないながらも読み終わった時、ふと「あ、こういう事なのか?」と自然に頭に浮かんできたそうです。確かに考えてみれば頭の良い悪いで出来る道ではないように思います。

木は水を求めて下へ下へと根っこを伸ばします。それと同じだと父から教えてもらいました。水と神とは同じ事と教えて頂きますように、低い低い心で分からないながらも神様のお心を求める事が大事だと教えてくれました。

それを実感する体験があります。いつも分からない事や迷う事が有ると、おさしづにお伺いします。おさしづの本を手にして神様にお願いをし、ぱっと開いたページを見るとそれにピッタリと合ったおさしづがあるんです。

以前はそうやって「これは神様がこう教えて下さっている」と思える事がよく有ったのですが、最近は全く関係なさそうなおさしづが開かれる事が多く、何かしっくり来ない事が続いていました。それだけ自分の心が歪んでいたのでしょうか。

父はいつもおさしづを研究して、おさしづを解釈したものを皆に配っています。それを読んでくれる人が沢山います。ボクもそれを貰うんですが、その中で特に心に残ったおさしづの一部分に

さしづのついでに尋ねに出る。ついでゝは、心胆さしづ出来ぬ。


と、あります。父の解釈によると、

【面々尋ね出る処に置いて、先ず第一に「変わった事・困った事が出来た、何を教えて下さるのか」と尋ねる。目の前の自分の都合が先ず第一であり、ついでに神の話を聞こうとする。ついででは、心を込めてさしづをしてやる事が出来ん。】

と解釈がしてあります。

困った出来事に対し、自分が助かりたいという目的を最優先にお伺いし、ついでに神様のお言葉を聞くような気持ちで尋ねる心を指しているのでは無いかと思わせて頂きます

おさしづを開いても何がなんだか分からないまま終わってしまった事が続いたと先ほど言いましたが、お伺いする時、その心はというと神様の思いを求めたいよりも、「今のこの状況を何とかしたい」とか、「自分が助かりたい」とか、そういう「自分」を優先する心が先に立ってしまっていたのではないかと思います。本当に情けない心だと思います。

おさしづの続きに


十分話、静か/\伺い尋ね、何遍尋ね。ちゃんと話し一人済んで了う。



この部分を

【真実の理が治まる為の十分の話をするなら、人間心を捨てて心を鎮め、神のさしづに伺い尋ね、納得の行くまで何遍も尋ねるなら、ちゃんとした神の話が一人で治まってしまう】

と解釈がしてあります。

今日のこの土曜集会でお話させて頂く内容を先月末あたりから考えていまして、なかなか思い付かずにいて、26日、ご本部の団参へ行かせて頂きまして、緩みきった心を引き締めてもう一度やり直させて頂きたいと教祖の前に来ましたが何も言えず、ただただ教祖の前で頭を下げていた時ふと、「あまりカッコ悪い話はしたくない」という気持ちが有った事に気付かせて頂き、そんな気持ちは捨てて神様にお喜び頂けるように努力したいと、心定めをした数日後何度も心が緩みそうになる度に神殿で神様に向かって座っていました。

その時ふと神様が何か教えて下さるような気がしておさしづを開きましたら、久しぶりに心に響くおさしづを頂きました。ちょうど今の自分の間違いを教えて下さるかのようなおさしづでした。

自分にしては珍しく、本当に真剣だった心を受け取って下さったのかも知れません。

なので皆さんもですね、何か迷っている事や、友達等に困ってる人がいる、助けてあげたい等があればおさしづにお伺いさせて頂くといいと思います。自分の為ではなく、お道の御用の為、人の為に心からお伺いすれば、その時は分からなくとも、きっといつか神様がお答えを見せて下さると思います。

自分はと言うとそんな心をずっと続けられればいいのですが、すぐに自分を庇う心、自分の都合を優先させる心ばかり使ってしまう、情けない人間心が多いです。お道の勉強をさせて頂く上で本当に邪魔な心ばかり使ってしまいます。

お道は「自分の幸せ」とか「家族の幸せ」とか、そんな信仰では無いと思います。

世界一列をたすける為に天下った

とお聞かせ下さいます。世界だすけの信仰とお聞かせ下さいます。

お道を聞かせて頂きながら、幸せになる為に信仰していらっしゃる方が数多く見られますが、神様の世界だすけの為にどれだけお役に立たせて頂けるか。それが一番の目的だと思います。

自分の埃の心を自分の力では変えることなど出来ません。また、自分でお道の為にこうさせて頂こう、ああもさせて頂こうというのは自分の考えです。そうではなく、「神様にお喜び頂きたい、神様のお役に立たせて頂きたい。」そんな少しの真実の心を神様が受け取って下さり、大きな力で支えて下さる、世界だすけに役立たせて下さる道だと教えて頂きます。常に神様を心に置いて、分からないながらも神様の思いを日々に求めさせて頂き、お役に立たせて頂けるよう努力させて頂きたいと思います。







なんか、何故か途中で文字の色変わってますが…まぁ気にしないで下さい。

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ちょっとだけ再開 おさしづにお伺い

お久しぶりです。ほんの少しだけまたお付き合い願えますでしょうか。

ここに書くべきブログネタを頂きました。



のすたるじでも言いましたが、4/7青年会例会に支部長、副支部長が共に不在で、ボクが代理で中心となって行われる事に。





勿論一番最後のお話も指名されてしまった。(終席と言える程の事では有りません)



何を話そうか…

次にこんな機会が有ったら「この話」ってのが有ったけど、それは毎月発行している当布教所の月刊誌の投稿ページに載せてしまった。


何より最近の緩みきった心では、何も話が思いつかない。



そう思ってる時に26日、ご本部(天理教教会本部)に行かせて頂く事になった。

おぢばでもう一度心引き締めようと喜んで行かせて頂いた。



神殿でおつとめをして、教祖殿に座り、深く深く頭を下げた…と、言うよりうなだれた



申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
これからは心入れ替えて…て、言えない。

反省してはお詫びし、反省してはお詫び・・・・・・何度繰り返す気か!





ただただ申し訳ないばかりで頭を上げる事の出来なかった時、ふと、ひとつの思いが胸をよぎった



(「折角話すんだから、カッコ悪い話はしたくないな」という思いが俺には有ったんだな)


話す事が何も無いとか言いながら、実は本当に無いわけでは無かったんです。

ただ、こんな話をすると自分がカッコ悪くなるから、折角思いついた話をいつの間にか自分でどこかへ隠してしまっていた。



そうか、こんな心が有ったんだ!この心がいけなかった!

それならもう、どれだけカッコ悪い話でもいい!「所詮藤太郎」「結局藤太郎」と言われようと、神様の話をしっかり伝えられる話にしよう!

自分はどんな風に思われてもいい、神様にお喜び頂ける話をボクに教えて下さい!



そう教祖にお願いして帰り、すぐに話を考えたところ、スラスラと思い付く。

これはやっぱり親神様や教祖が教えて下さっているんだと、本当に思えた。


ただ、それでも何度か心が緩みそうになります。

そんな時は神殿に座って、心を集中させます。



そんな時、ふと「今神様が何か教えて下さるのではないか?おさしづを開いいた方がいいのでは?」という思いが頭をよぎった。

おさしづを開いたところ




これまでどんな事も言葉に述べた処が忘れる。忘れるからふでさきに知らし置いた。ふでさきというは、軽いようで重い。軽い心持ってはいけん。話の台であろう。取り違いありてはならん。


とのおさしづが




ビックリした!

  確かに軽くしていた。考えてみれば話の中に埋め合わせのようにおさしづを入れていたように思う。





そんなこんなで何とかお話は完成しました。



いざ当日の夕方になってふと思った。
今まで青年会例会を単に月例行事だと軽くしていたが、青年会として大切な行事の筈だが、この日に支部長、副支部長ともに不在とは、何か節を迎えているのではないか。神様の大きな思惑が有るのではないか。

そう考えながら女鳴物の準備をしていたら胡弓の糸が切れてしまった。


うわ~~




自分は特に大きな節目なのかも…
先案じはいけないと分かっていながらもやはり不安を感じざるを得ない…
あの時のあれがいけなかったのか?ここがいけなかったのか?これからどうやって通るべきなのか?


そんな思いが交錯していたその時、またまたふと神様が何かを教えて下さる気がした

神殿に座り、おさしづを開く。
その時のおさしづ





さあ/\尋ねる事情/\、さあ/\尋ねる処は、余儀無く尋ねるであろ。まあ一つどういう事にも何よの事もどういうもので、こういう事になると思う。思うやない。どんな事も、こんな事も、世上にも同じ事、中に一つ、まあ危ない処も遁れるは、年々の道理で遁れる。どけな辺所な所、もう危ない所でも、残りて来るは頼りた理である。又、わき/\の処、内々何故であろうと思う。思うやない。必ず思うやない。どんな難しい中でも、抜けて救かる処、聞き分けにゃならん。何でこういう事になると必ず思わず、よう聞き分け。道というは、世上は同じ一つ通りて居る。頼りありても分からん。こんな事と思う。思うやない/\。どんな事あろうが、この心理に皆一つの理なら、明らかなる処に成る程に。案じな/\。安心して居よ/\。どんな事あろうが、こんな事あろうが、道の上ならどんな事あろうが、理が残る。末代の理、この理聞き分け。一代と思たら長いようで短い。短いようで長い。この道の一つの理、なか/\艱難通らして暮れた者もある。これも名残れば末代の理。あちらの書物、こちらの書物に届く理残る。留まる理治まったる。こんな事と思うやない。これだけ、丈夫な心持ってくれるがよい。










おおおおお…


そうか、安心してていいのか…
 
そんで、余計な人間思案は要らなかったんだ

細かく詳しくは分からないけど、ものすごく有難いおさしづに心がスッとした



いや、待てよ

ボクの場合親父がおさしづを本気で研究しているからこそおさしづにお伺いする事を知った。

もしこれがなかったらおさしづなんて見向きもしなかっただろう…


そうなったらあれがダメなのか、これがダメなのか、案じの心ばかりで、ドンドン神様のお心から離れていってたのだろう。



分からないながらもおさしづを勉強してきて良かった。


親父は人から「ちょっと気が狂ってる」とか「頭おかしい」とか言われた時期も有ったけど、それでも人の顔色など見向きもせず、真っ直ぐに神様を見つめ、おさしづの研究を続けて来てくれたからこそ今のボクが有る。

どんな時もおさしづに従いたいと思えるボクがいる。


そして今では親父の書いたおさしづの解釈した文章を求めて読んでくれる人がいる!

ある人は…

両親を亡くし、自殺まで考えていたが、それを読んだら本当に心が楽になり、地獄から天国に来たように今は幸せな気持ちでいられると言う



またある人は…

読んでいたら神様の有難い親心に涙が止まらなかったと言う




かつて親父の事を「気が狂っている」と言っていた人も今ではそれを真剣に読んでいる。






自分だけではおさしづの大切さなど気付きもしなかっただろう。

親父には感謝してもしきれない!

そして、これからも、どんな時も神様のおさしづに従いたいと思います。


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2012年3月 9日 (金)

ファビコン設置

なんか、休止中とか言いながら最近なんだかんだで更新してるけど…



まぁ、これを最後に(多分)また暫く休止します。







ファビコンを設置しました。

ファビコンとはタブの横に表示されたり、ブックマークする時に名前の左側に表示されるアイコン。

そのサイトのシンボルマークとなるもの




ココログ(フリープラン)の場合、favicon.ico画像をアップロードするだけで完成と聞いて早速ペイントで作りました。



ファビコン作りにこちらのサイトが便利です



インターネットエクスプローラにも表示されるファビコン変換サイトファビコン作成

ファビコン画像はこちらのボタン素材自動生成サイトで作りました





本当はのすたるじの方にもファビコン設置したいけど…


あっちはブログサービスが違う。

webデザインの「インフロート」が経営する「MARUTA」

bmp画像がアップ出来る珍しいサイトで、画像のアップロードが同時に三つも出来るので、ボクみたいに絵をうpしたかったり、画像よく使うモノには便利。
後はico画像がうp出来れば本当に文句ないんだが…





と、今回はどうでもいい事を長々と書いてしまいました。

また暫くお休みします。



サョォォ━。゚(゚´Д`●゚)゚。ナラァァ━ッ!!!!

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2012年3月 6日 (火)

トップページ以外の不具合

▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
追記
本日21:55に解決しました。


no-name. さん

ココログサポートにてご回答頂き誠に有難う御座いました


▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼











現在コメントとか、個別記事を見ようと思うとなんというか・・・変な感じになってます












説明の下手なボクに聞くより一度見て頂くと分かります。



今原因の究明と、一刻も早い修復を心がけております。


(誰もいないだろうけど)
 
見に来て頂いた方、真っ黒で見えないようですが、唯一見える手段として、この辺に記事とかコメントとかありそうだなってところをドラッグして頂くと文字が出て来ます。

文章が消えたわけでは無いので…


 
不便をお掛け致しております。








こんな非常事態でも押してもらう気満々ですdown
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2012年2月26日 (日)

新しいブログ「のすたるじっくでエキセントリックな」

現在訳有ってこの駄ブログは休止中でして
「しばらくお休みします。」



それでも普段の信仰のなかで感じたことやどうでもいい日記などをブログとして製作していきたいという思いから、この「そして今日も心得違い」よりも軽いノリのブログ「のすたるじっくでエキセントリックな」を始めました。




軽いノリって事はこの駄ブログ「そして今日も心得違い」よりもさらに駄ブログになる予感バリバリなんですが…


何はともあれご一読をお願いします。







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2012年2月24日 (金)

おさしづ全文

おさしづ全文がダウンロード出来ます。

左のサイドバーにリンク集が有ります。その中に「おさしづ全文ダウンロード」のリンクがありますので、そこからダウンロードページへ移動して下さい。

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2012年2月23日 (木)

おさしづ検索

紙copiホームページ




左のサイドバーにあるリンク集を見ればお分かりでしょうが、どうにかおさしづを用語別で検索して振り分ける事が出来ないものかと考えていた。




おさしづ全文ダウンロード




とりあえずホームページを作ってGoogleのサイト内検索を利用すれば出来ると考えた訳ですが、素人の自分にはGoogleのウェブツールマスターに登録する事が出来なかった。


そこで、Yahoo知恵袋で質問したところ、データベースにすれば良いとの回答を頂いた。


で、色々探して見つけたのがこのソフトです。









コピって貼り付けするだけで自動で保存してくれるから、ポンポン作成出来て、早いうえに確実に検索して用語別に振り分ける事が出来る。


こんな便利なソフトがあったとは…最初から見つけられたら良かったのにな~~`。*:`( ゚д゚*)ガハッ!



沢山のデータが有って振り分けに苦労している方、是非一度お試し下さい。

便利な有料版と最低限の機能が付いた無料版が有ります。



有料版には30日無料お試しも有るのでいいですよ。
これは(σ・Д・)σYO!チェック!







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2012年2月 6日 (月)

お久しぶりです(再開ではありません)

ブログ再開ではないのですが、知人に聞いた話によると、ココログは一年間記事の更新が無いとブログが削除されてしまうらしい。(未確認情報ですが;)


まだまだ一年にはならないが、削除されるわけにはいかないんで、久しぶりの更新と、面白情報を見っけたんで、紹介してしまいましょう!




俗に言う「応援ポチ」の事ですが、ボクも生意気にランキングに参加しておりまして、右のサイドバーに三つの応援ポチを設置しています。
全部押すのってメンドいですよね。
自分のポチでも手間なのに、他人のポチとなるとかなり手間!
応援したい気持ちは山々なんだけど、あんまり多いと途中で諦めて「これで勘弁してくれ!」






Cocolog_oekaki_2012_02_06_00_20




ってなりますよね




そこで今回右サイドバーに新たに設置したのが「応援ポチ一括押しボタン」



こちらのブログで紹介してくれましたブログランキング一括応援ボタン


ボタンの画像はこちらのサイトでボタン素材自動生成サイト




因みにボクの画像はGIFアニメにしてあります

上で紹介した素材生成サイトで作ったほんの作例です。
気に入って頂けたのがあれば自由にお使い下さい。

88×31標準サイズ
 


大きめバナー





縦長バナー

ただし!
直リンクだけは絶対に禁止です!!
必ず右クリックで画像保存してからお使い下さい。




これが一括ポチの貼り付けタグです。

<!--一括応援ボタンここから--!>

<script type="text/javascript">

<!--

function OpenWin(){

win=window.open("ランキングの投票URL1","_blank");

win=window.open("ランキングの投票URL2","_blank");

win=window.open("ランキングの投票URL3","_blank");

}// --></script>

<a href="javascript:OpenWin()">

<img src="一括応援ボタンの画像URL"></a>

<!--一括応援ボタンここまで--!>



例えばボクの場合
日本ブログ村、天理教ブログバナーのhtmlタグ

               ↓この部分をランキング投票URLの部分に入れます。
<a href=ここから→http://philosopoy.blogmura.com/tenrikyou/" ←ここまで><img src="http://philosophy.blogmura.com/tenrikyo/img/tenrikyo88_31_rainbow.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 天理教へ" /></a><br /><a href="http://philosophy.blogmura.com/tenrikyo/">にほんブログ村</a>


他に参加しているランキングのhtmlタグからURLをコピペして入力。

最後に画像URLを入れて完成です



お試し下さい






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2011年12月 2日 (金)

テスト

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